べき論よりも好きなことを追いかけて

「やるべきことなのでやってもらわないと。5分の時間もないんですか?」


業務を簡素化できないかと相談する現場の若者に向かって、その業務を依頼した部門の人が言った。思わぬ反応に面食らいながら、私は間に入って、現場の状況を代弁する。


「物理的に5分あるかないかと言われたら、あります。でも、他にもたくさんやらなきゃいけないことがあって、すべてを確実にやるのは無理なんです。」


カイゼン担当として私がセットした話し合いの場。現場の課題を一緒に考えて欲しかったけど、実態を理解してもらうことも難しかった。


実はそのことに私はびっくりしていた。


その部門は現場のすぐ隣にあって、本来は一番近くで現場をサポートすべき部門。私が代弁するまでもなく、現場の状況は理解しているものと思ってた。でも違った。ほんの少し現場の人と雑談すれば気づくことにも気づいていなかった。みんな忙しくて現場を見に行ったり、現場の人と話したりする余裕がないのだと思う。


◆◆◆


数日後、私は現場の先輩を訪ねた。


「仕事について行っていいですか?」


現場の時間の流れの中に身を置いてみようと思ったのだ。先輩は一瞬意外そうな顔をした後、「あぁ、いいよ」とさらっとOKしてくれた。


心の中で小さくガッツポーズ。そのためにヘルメットをカバンに忍ばせて、ペタンコ靴で来たのだ。


邪魔にならないように少し離れたところから、先輩を目で追う。ミスが許されない緊張感の中で、やるべきことを一つずつ、着実にこなしていく。


かっこいい。


そんな先輩が作業の合間にポロっと言う。


「このタイミングで、あれやれ、これやれって言われるんだけど、やれるわけないんだよな」


そりゃあ、そうだ。仕事をする先輩の頭の中を想像すれば分かる。


物理的に5分あるかどうかじゃない。ミスが許されない状況で現場の人の意識がどこに向いているかを理解すれば、スキマ時間があるからって追加の仕事を入れ込むのは無理なのだ。無理やり入れても、それが意図した通りに実行される可能性は低い。本当にやるべきことなら、現場でできるやり方を考えなくちゃ。


◆◆◆


私は現場の人が好きだから、現場に行くのも好きだ。


現場の人は、機械の外観点検でも「地面の光がどれくらい外板に映り込んでいるかを見てる」と、プロの技で仕事をしている。万が一の故障に備えて「もしこれが起きたら、こうなって、こうなるから、こうやって対処すればいい」っていつも頭の中で色んなシミュレーションをしてるし、小さなことでも予想外の現象が起きればなぜかをとことん追求する。とにかくかっこいいのだ。


でも、私みたいなミーハーは珍しいんだと思う。「現場主義」っていう言葉があったり、本にわざわざ「現場に行こう」って書いてあるのって、それだけみんな現場に行かないからなんだと思う。


少し前の私は「現場が大事って言うくせに、誰も現場を見てない!」と憤っていた。でも、今は他の人がやらないことを、労せずにやれるって、めちゃめちゃラッキーではないか!と思うようになった。ライバルはいない方がいい。他の人が現場に行かないから、私でも現場で相手にしてもらえるし、現場と距離の近い人というポジションをゲットできる。そして、誰も手を付けていないからこそ、そこの伸びしろは大きい。


「5分もないんですか」と言った部門には、現場の実態をアンケートに取って、改めて相談することにした。しばらくして若者からメールが来た。「予想より多くの人がアンケートに答えてくれて、かなり嬉しいです!」と。若者が自分で一歩踏み出して、何かしらの手ごたえを感じたこと。私はそれがすごく嬉しかった。


これまで私は「会社、社員はこうあるべき」とか偉そうに言いがちだった。でも、そんなことより、ミーハーでもなんでも、自分が嬉しいこと、魅了されるものをピュアに追いかけた方がいいね!