「行こう、どこにもなかった方法で」
蔦屋書店
珍しいなと思った。「私も読んでとてもいい本でした」って店員さんが言ったのが。蔦屋書店のトークイベント。ゲストは家電をメインに作ってるバルミューダという会社の寺尾玄(てらおげん)さん。イベントの最後に店員さんが寺尾さんの本をお薦めしてた。
- 作者: 寺尾玄
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2017/04/21
- メディア: 単行本
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いつもの店員さん。ゲストの本を薦めるのもいつものことだけど、普段は「著書もおいてありますので、よろしければ・・・」と控えめな感じ。「自分も読んでいい本だったから、ぜひ」っていうトーンは珍しい。迷わず一冊買った。
バルミューダを知ったきっかけは何だったんだろう。今では思い出せないけど、ホームページがオシャレだったのと、そこに載ってた寺尾さんのストーリーになんかすごい人だ!って思った。高校中退してヨーロッパを旅して、ミュージシャンになって、それからバルミューダを立ち上げたって。
それからしばらくして、二子玉川の蔦屋家電にバルミューダのトースターの実物を見に行って、実家の両親に一台贈った。ちょっと高いから自分用にはまだ買えてないんだけど・・・。
私の母は節約志向。食パンの袋を再利用してラップの代わりにしてた。両親は共働きだったから、今思えばそんなに節約することもなかったんだろうけど「うちはビンボーだから」と言われて育った。母は、アフリカで食べる物もなくて困ってる人がいるのに自分たちが贅沢をするのは良くない、という考えだった。
そんな母に高級トースター。どうかなって思ったけど「スーパーの一番安いパンでもおいしく焼けるのよ!」って喜んでくれた。どうやら安売りの時に食パンをたくさん買って冷凍してるらしいんだけど、それを焼いてもおいしいって。母にぴったりのトースターだ。よかった。
そんな感じでちょっとバルミューダが好きだったから、トークイベントは嬉しいめぐり合わせ。
トークイベント
寺尾さんは男っぽい人だった。たぶん男性も憧れる男性なんじゃないかな。ゴツゴツした感じで、愛情深くて、いつも真剣で本気。
私はたくさんメモを取った。本当はメモなんか取らないで、全身でその場の雰囲気に浸りたかったけど、それで寺尾さんのメッセージを受けとれなかったら痛恨だと思って、とにかくガチでメモを取った。
人間にとって最も大切なもの、可能性。
可能性は生きていることの別名と言ってもいいくらい、常に人々のとなりにあるって言ってた。不可能なんて言ってはいけない。まだ考えついていない方法があるかもしれないから。できないことがあっても、それは「できませんでした、今日の俺は」というだけのこと。明日の自分はできるかもしれない、と。
イベントには本当にたくさんの人が来てた。起業家の人も多かったっぽい。そういう質問が多かったから。
Aさん「オーダーシャツの会社が軌道に乗ってきたんですけど、他の会社に模倣されてしまって・・・」
寺尾さん「模倣されるというのは相手の会社のクリエイティビティが低いことの証明。次に新しいものを生み出せるのは自分たちだから、気にすることはない。模倣されたポイントに強みがあるんだから、そこをさらに磨けばいい。」
Bさん「自分も会社をやってるんですけど、信頼してた人に辞められてしまって・・・」
寺尾さん「僕だったら自分に問題があると思う。そういう時は傷つけばいい。他人のせいにするとまた同じ失敗をするから。負けを認めること。失敗を認めない限り成長できないから。それから理由を掘り下げる。」
ひと言ひと言に、寺尾さんの生き方が表れてると思った。
「行こう、どこにもなかった方法で」
私は、本に線を引きながら読むタイプだけど、時々、これは線を引いちゃいけないなっていう本に出会う。言葉のひとつひとつが書き手の心とつながっていて、どこかを切り取ってはいけないって思う本。
寺尾さんの「行こう、どこにもなかった方法で」は、まさにそういう本だった。読みながら、ずっと胸がジーンとしてた。ご両親に対する深い愛情と人間の可能性に満ちてる本。ゆっくりゆっくり読んだ。
寺尾さんは、ミュージシャンをやめた後、モノづくりの世界でゼロからスタート。
まずは、言葉を知るために東急ハンズで店員さんを質問攻め。「このスプーンは何でできているんですか?」「ステンレスですけど…」ってところから。そこで教えてもらった言葉、例えば「プレス」を手がかりにネットで情報を集めて。それから町工場を回って、工作機械を使わせてくれる会社にめぐり会って。そこで色々教えてもらってから、自分でアルミを削り出して最初の製品を作っちゃった。
ゼロから。びっくりするくらい本当にゼロからだった。何もないところから道を拓くことはできるんだなって。その根っこには、本当にやりたいことがあって。結局、ミュージシャンもモノづくりもつながってる。
私は詩人で歌を歌っていた。他の多くの人たちと気持ちが一つになる瞬間というものがこの世界には、ある。たった一節の歌詞が、たった一言が、人々を感動させ、分かり合えなかった人たちとの共感を生み出すことがある。曲を作っていても、製品を作っていても、本当にやりたいのは、それだけだった。
ステキな人に、本に、巡り会えた。蔦屋書店の店員さんに感謝。
最近、仕事でちょっと行き詰ってた。私のやりたいことは周りの人には求められてなくて、どことなくアウェーな日々。オフィスが息苦しくて、本を片手にそっと抜け出したりしてた。
でも、寺尾さんのお話を聞いて、本を読んで、「あ、私、まだ何もはじめてないや」って思った。何にもはじめてないのに勝手にアウェーだと思ってたなって。
自分が本当にやりたいことをもっと真剣に追求せよ、というメッセージだと思う。